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2005年 10月 14日

世にも不幸せな物語

今漫喫にてDVDを一本見終わったところ。
(ハイファナのリリースパーティのリハと演奏の間にずいぶんと時間が空いていたもので。)

ご存知の方も多いだろう。
『世にも不幸せな物語』。

机に噛付いてる赤ちゃんのシーンを宣伝で見て
「風雅みたいだ」と、可愛くて気になっていた。



純粋にファンタジックなハリウッド映画だが、
『LIFE IS BEATFULL』
で俺が表現していることとの合致に驚いた。

この映画は、痛烈なメッセージを表現している。
裕福で苦労知らずのアメリカや日本の子供たちにこそ味わってもらいたいものだ。
両親を亡くしたボードレール家の子供たちの冒険と教訓を。

人生は「不幸」に満ちていたとしても、
それを解決する勇気と知恵と努力さえ失わなければ、
それは「幸福」なのかもしれないという提示。
 (人生は、よきにつけ悪しきにつけ、ビートに満ちている。
 どのみちそんなもんだから、進んだり戻ったりしながら
 力強く、ビートを刻み続けていこうという提示。=常にポジティブでなくてもいい。)



時代が「豊か」になればなるほど
「不幸を知らぬ者」が多くなっている。

こういった人々や、その子供たちは
「小鳥や妖精の出てくる楽しい映画」に安らぎを得る。

だが、厳しい「現実」に襲われながらも
その中にこそ
例え小さくとも「楽園」を築こうとベストを尽くすという
その行為こそが、そういう生き方こそが
人間が有史以来続けてきた
もっとも価値ある努力だと讃えることができるのではないだろうか。

大草原の小さな家。
家族の肖像。

たとえば、そんなようなもの。


「不幸」も「人の痛み」も知らぬ者が
平気で他人の心や体を蹂躙している世界で
一番恵まれていないのは誰だろうか?

もはや良く知られたエピソードだが、
我々犬式を発掘した熱き男の死は、
我々にとってその後大いなる励みと糧に姿を変えて、
犬式の背中を今日も後押ししつづけてくれている。

俺が言いたいことが、誰かの死を望んでいるとか、
そういうことじゃないことだけは、
必要ないだろうが、
ことわりを入れておく。
そうじゃない。



ネット上で、リスペクトの無いディスり合いを繰り広げる
オムツのとれたばっかの子供たちに言いたい。
「嗚呼、汝他人の痛みがわからんのか」。

すべての「無垢な幸せ」を堪能する皆様に。

せめても、
ささやかな不幸が訪れますように。


でわ、ライブしてきます。
ROOMで、nbsa+×÷アフターパーティも開催されています。
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by dogggystyle | 2005-10-14 23:16
2005年 10月 12日

nbsaも終わりて

ようやく日常が戻ってきた。
馬鹿な写真のひとつも撮れる心境に?c0009950_10255372.jpg

『久しぶりに上京してきた親父が呟いた まかり間違えばお前はテロリストじゃないか
 自己実現と理想の実現 中吊りに踊るは低次元の世間
 雑居ビル織り成すコンクリートジャングル ハリボテの街に今日も響き渡るジングル』

疲労からか、右目のまぶたが昨日からドッカン腫れ上がってしまったので、今から目医者行って来ます。アデュウ。
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by dogggystyle | 2005-10-12 10:27
2005年 10月 06日

nbsa+×÷開催三日前

どうやら此処から一週間くらい
雨くも雨くもくも雨雨
という感じで
天気に恵まれなさそうだけど、

渋谷の室内に
あったかい音のスコールを
用意してますから、

一張羅を着て
たのしみにきてください。
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by dogggystyle | 2005-10-06 09:10
2005年 10月 05日

答は藪の中 2




(『答は藪の中』が冗長すぎたので、前編と後編に分けて掲載します。)



答は藪のなか。
黒澤明の「羅生門」とはそれをよく表わした映画だと思う。
僕は高校生の時にこの映画を観て、そういった感覚を学んだ。

それをさらに突き詰めて、
強烈なポジティブバイブレーションとともに放ったのが、
ブッダ氏であろう。
僕は、仏教とは原始的にはそういうものだと認識している。

すべての存在が、
ただ其処に在る。

この事実だけは誰にも否定できない。

「だから、それをまず心の中でよどみなく受け入れなさい。」
そういうことを、ブッダ氏は言ったんだと思う。

これはもはや、一人一人の心の問題であるから、
「教える」とかそういうものじゃない。

自分で「気づかない」と意味がない。
しかも毎日。

にもかかわらず金払って教えてもらおうとする人も、
金とって教えようとする人も、いつの時代もとても多い。

教科書もお経もお布施もないから、
僕は将来曹洞宗の禅をおさめたいと思っている。

答を毎日自問自答しなさい。
とだけ教える宗教。
超セルフサービス。
そうしてその答探しそのものが「答」であることに気づくのにそんなに時間は要らない。

元来人間全員が神などと言う想像物を媒介しなくても
宇宙を感じたり真理を感じたりできるはずである。
その可能性が在る、ということがわかっているだけでも死ぬまで心強いものである。

近頃座禅を組んでいない。

今晩あたり、少し。チャクラ全開で~。






10月の番組再編前の最終週たる今日は、ぽかんと空いた休日。
天から降ってきた24時間。
しかも昨日までは「番組ある」と思っていたからなおさらである。

秋葉原にパソコンを買いに行った。
「インターネットができて音楽のデータが使える一番安いやつ」
を探して、5万円台で購入。

最初期タイプのアイマックを貰って使ってたが、
一昨日風雅(今日で0.5歳!祝。)が落としてキーボード壊れたから、
かねてからさすがに買い換えようと思っていたので、
「インターネットができて音楽のデータが扱えて一番安くて、今よりも通信速度の速そう」なやつを探す冒険に出た。

「楽器といえば御茶ノ水」
「電化といえば秋葉原」
とはいえ、そこまで頻繁に行くわけじゃない。

とはいえ、電車で40分ならこういうときはやっぱAKBである。



いやー。
3時間くらいのあいだに6店舗くらい見て。

周りに一緒に来てくれるようなパソコン君も少ないし知識ないし、メカ音痴だがなんとか上記の目的に沿いそうなものをみつけて購入。

プロバイダー契約すると2万円割引だったから
サヨウナラyahoo BB。
こんにちわ、小野伸二。



いやー、メカ音痴は秋葉原は緊張する。
筋金入りの秋葉原系の皆さんはかなりマニアックな会話を繰り広げているのに、
横で俺は「256Mって何だ?」とかなっていて。
ウッキー。
お猿さん状態。


僅か9ヶ月のサラリーマン時代には、一応エクセルなどの講習受けて使っていたが。
楽器やレコードばっかり触って、
パソコンはネット以外使っていなかったものだからてんで疎くなっていた。

組み立てキットなどを観て感動。

パソコンは次なる時代の大いなる道具であり、
大いなる障壁となるだろう。

だから、これは大いに勉強したほうがよさそうだと感じた。

ニューオリンズやテキサスで、ハリケーンから逃げ遅れて死んだ人々は
テレビやパソコンなどが生活から遠い貧乏人や年寄りが多かったと報道されている。

情報格差がそのまま生き死にに直結する「平等」な社会。
日本も似てる。
世界はその国をがんがん真似している。

一石投じるにも、パソコンくらいは使えないといけない。

ペンは剣より強し。

答は今日も、藪の中。

写真:風雅、今日で生誕6ヶ月。ひたすら「無心」の境地でエアロビクス中。ここから一回迷って、また戻れるのは何時の日になるのだらうね。

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by dogggystyle | 2005-10-05 02:07