三宅 blog

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2005年 02月 16日

タイム

時代と時間の事を、英語では time が一語で担う。

時間と時代はミクロとマクロの同義であるからか。

時代と時間の流れは、歩調を合わせる。
時間の流れが早い時代と、のろい時代。

ソファーにどっかりと座って、煙草くゆらしながら
音楽を聴くような時間はのろい。
なにもしない。
ただ音楽の世界に身をゆだねる。

こうやって一度でも浸ったアルバムは、
満員電車の中ヘッドフォンで聴く時にも
音の近さが違う。
例えば NAS のILLMATICが俺にとってはそんな一枚だが、
ブロンクスのプロジェクトの中庭で白い息吐きながら
こっちを見つめてる20歳のナズがほとんど見えてくる。
現実逃避には格好だ。
おまけにそこにはもっとリアルな現実がある。

東京の、相も変わらずはちきれそうに満員の夜の下り電車。
なんでそこに居るのかもよく分からずに、明日も明後日も同じ道を
上ったり下りたりし続けてるうちに、何かに抗う力も見失って
優しさを振り絞る最後の気力すら奪われて、防衛本能から自分を
守り抜くことに必死になって自分が見えなくなっている働き者たち。

根は善的。ただ、テンパッてる。

家で音楽に心を傾ける余裕はない。
代わりにテレビを見る時間があるからだ。
インスタント。
ついでにテレビでかかってたブランニューソングにひっかかる。
明日はちょっとタワーレコード。

癒される音楽ばかりが良く売れる。
時代が負けに入ってる証拠だ。
がら空きのメインスタンド。

掘らないと出てこない喜びを探す体力はもう無い。
みんな刈り尽くされたこの地上で
イーズィ−を求めて、彷徨ってる。
そこに待ち受けるのは愚にもつかぬレプリカント。

−刈り尽くされたこの地上で 飛べない僕らは何処へ

新しい時代は手繰り寄せるものだっていうことに、気付いてない。
答は安易には手に入らないという、安易な答から目を逸らしている。
そして人生はたった一回のエクストラタイムだって事は
とっくに忘れた。

だが言い訳をこねるのはうまい。
騙してるのはほかならぬ、自分。

「人生ってやつは何処まで掘れるのかね?
 少なくとも地球の中心まで行ったら上にも下にも行けなくなるね。
 はははは。」
薄っぺらい笑いが鳴り響く。

−FEEL DA LIFE FEEL DA LIFE YO
DIG THE BEAT DIG THE BEAT YEAH

時代が掘ることよりもすくう事ばかりを要求してくる。
満足感をえる事なく、誰も幸せになる事なく、
時間だけが飛ぶように過ぎて行く。

業界人がいう。「音楽が売れない時代になった」。
本質的には、CD-Rが原因なのではなくタイム感が原因なのだ。
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by dogggystyle | 2005-02-16 04:45


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