2005年 05月 24日

心の休め方

久し振りにブログを開いた。

娘風雅の誕生以来ここ8週間のカオティックな生活と、
アルバムの発売などバンドのことが重なって、
随分疲れてしまっていたから、
先週くらいからじっと休むようにしていた。

折よくといってはなんだが、パソコンが三日ほど停まったりもして。


これから、624のワンマン(新宿LOFT)と718の夏徹頭徹尾開催(渋谷club asia)という二つの重責が待っているから、ここで1回休まねば。

次のアルバムに向けた曲造りも、そろそろ始動するし。
夏に入ればフェスモードだ。
秋になればnbsaだ。
冬にはレコーディングだ。



忙しい。
忙しさと、楽しさがうまくせめぎあうポイントを見極めないと。
そうじゃないと、心のバランスを崩してしまう。


元来、時間に追われるのは大嫌いだが、最近は忙しい。
子供が生まれたら全部忙しい。
あんまりずっと忙しいと心がさもしくなるから、忙しいのはほどほどがいい。

「なにを白昼夢みたいなこといってやがる」と、
激烈ビジネスマンに怒られるかもしれないが、
一日24時間働けなくても幸せになれる方法があるはずだ。

そして、詩を書いたり音楽を鳴らしたりするという作業は心にゆとりがないとできない。これがないと、本当に僕なんぞは全く何もできない。怒りや哀しみや喜びが湧き起こる容量が残っていないと、インスピレーションなんか湧かないものだ。

そしてそれは、ミュージシャンにだけ必要なことだとは思わない。
全ての人が、本当はそういう風に自分のペースで生きたがっている。

ただ、「社会性」ってやつと天秤にかけた場合、
「喰って行く」てことも天秤にかけざるを得ないから、
いわゆる「一般的な」生き方っていうイメージが社会を覆う。
「常識」とか。

これは、集団で何かを成し遂げようとすればかならず問われる問題である。
そういう意味では、バンドも社会だ。

自給自足できない人が寄り集まった「社会」は、かならず誰かに負荷が片寄る。
それを解決するために「貧富の差」が生まれる。

自由になるには、できるだけ「独力」で生きていける人間力を得ることだと思う。
そういうひと同士が力を合わせると、本当に素晴らしいことになる。
願わくば、そういうバンドでありたい、犬式も。

そのうえでふりかかる火の粉、つまり「自由であることの不自由さ」に対しては、
惜しまずに闘えばいい。



気ままに生きる事は、現社会では逆に多くの障害を招きかねない。
が、そうやって余裕と心地よさをエネルギーに変えていかないと生きていけない者はマイウエイを貫くしかない。
そこにも責任や重圧は付きまとうし、別に「楽」になるわけじゃない。
ただ、頑張り所を自分で選べる自由があるのだ。

自分で自分を着火できる人は、そこん所が「自由」に生きられる。
それが僕の思う「ロック」なのである。

だから、ロックな格好してるからって認めてない人たくさんいるし、
逆にそうでないけどスゲーロックを感じる人もたくさんいる。



スタジオグロウンの相棒、タブ君(SOIL & "PIMP"SESSIONS)が彼のブログ(タブログ)でいつだったか、「今は疲れてて無気力で電話にも出ない、メールも返さない 極悪非道 な人になっている」という事を書いていたことがある。
でも、これはとても大事なマインドの休め方だと思う。
ちっとも極悪非道なんかじゃない。

他人を思いやる余裕のなくなってしまった人達がケツを叩き合うこのバビロンジャパンでは、「休む」ということすら闘って得なくてはならない権利みたいになってる。

ひっきりなしになり続ける僕の携帯メール。

僕は僕のペースでしか返答できない。
心の入らない返信をするほうが、罪だと思う。
古に、手で手紙を書いていた時代の距離感が、僕は好きだ。


ニ−ルヤング&ザクレイジ−ホースの<ZUMA>はいいアルバムだ。
そして、赤ちゃんはとても可愛い!
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by dogggystyle | 2005-05-24 02:44


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