2004年 12月 20日

日記を続ける秘訣

満員電車の中で、他人が読んでる新聞に「日記を続けるには」という特集をやっていた。
「三日坊主で終わらせないためには...云々」。

俺は僕は私はI am ich bin me say、三日坊主だとかなんだとか言って、
毎日書かなきゃ日記じゃ無いみたいに思うから続かないんだと、断言する。

小学1年生から、今日に至るまでおよそ20年間、僕は日記をしたため続けている。
その間、忙しすぎたり、精神生活の危機で全く書かなかった時期もある。
1年間書かなかったこともある。
それでも、「書きたい」と思った時には、時間が許す限り必ず書くようにしている。

自分が書く自分の思考の記録というのは、脳みそをノートに書き写す作業。
それは字でも絵でも記事の張り付けでもなんでも良い。
一回考えたことを書き写す中で、様々な確認 ができる。

自己内省をしない人間は、生まれ持って出来た人でない限り、人間的成長をしない。
生まれ持って出来た人は、ちなみに居ない。

自分を振り返らないから、他人には丸見えの人格の変化に本人は全く気が付かない。
変化はするが、それは成長ではない。
自覚が無いからだ。
そういう人が、今とても多い。

1時間ほど、机に 向かってぼけーとしたりカリカリとペンを走らせたり。
また筆を止めて考えたり。
書いたものを読んで自分を他人の目で見たり。

この時間が思わぬセルフメディテーションになるのだ。
座禅組むようなもので。

気が付くと何も考えなくなって、ノートを閉じる。


で!
こんな事、毎日続くわけがない。
現代人はそんなに暇じゃ無い。
そりゃしようが無い。

でも、とにかく思い出したらやればいい。
一生、その事を忘れないだけで日記は続く。

michの場合、平均で月に10日くらいは書いている。
忙しくて書けない時期が続くと、大概それはマインドの危機を招く。

このダイアリーもブログていう公のものではあるが、
俺は思った事を吐き出すだけにしている。
きままに。
読んだ誰かを傷付けないように、それだけは考えるが。

正面切っての攻撃はするだろう。
阿呆たれ政治屋とか、勘違い世界帝国アメリカとか、
思い込み激しいぐーたら音楽業界とか、
無思想無思考で体感的にだけ生きる若者と、それを持ち上げていい気にさせて金巻き上げてるたくさんの金の亡者の大人たちっていうバビロンの構図とか。
あと2チャンネルにまま見受けられる、優しさの欠如したコミュニケーションしかできない不特定多数の「IQは低く無いが救いようの無く馬鹿」な10代たち。
とか。

こういう事を言うのって、すげーエネルギー要するけど、言う事が自分にとっても勉強になるのです。
時としてそれは自戒の念だったりもして。

あいやー。
今日はどんよりとした天気が、ヨーロッパのカップ戦を思い出させるので、お外でサッカーボール蹴って来ます。

でわ。
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by dogggystyle | 2004-12-20 10:03


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